「直虎」といえば誰のこと?-“浜松vs須坂”の「直虎」問題について

bushi近年、NHKの大河ドラマや朝の連続テレビ小説で舞台となった場所が話題となって観光客が集まるという現象が起こっています。「篤姫」で鹿児島が、「あまちゃん」で三陸が、昨年も「真田丸」で長野県上田市が、それぞれ人気となりました。

今年のNHKの大河ドラマ「おんな城主 直虎」は、戦国時代から安土桃山時代の女領主、井伊直虎を主人公とする物語で、浜松市がその舞台です。きっと浜松市にも多くの観光客が足を運び、地元は特産品や土産物の販売で大いに潤うことでしょう。

そんな「お祭り」ムードの中、商標絡みの問題が発生しました。
「『直虎』めぐり商標騒動 静岡・浜松VS長野・須坂『直虎といえば井伊直虎』『井伊だけとは納得いかぬ』」(産経ニュース:1月29日付)

http://www.sankei.com/premium/news/170129/prm1701290015-n1.html

「『直虎の乱』!?町おこしめぐり浜松市vs須坂市で商標騒動 双方の主張は一理あるも…制度の『壁』」(産経デジタル:1月31日付)

http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/170131/lif17013120400016-n1.html
※ちなみに、本件について弊所所長も興味を持ったようで自身のブログにコメントを挙げています。ご興味ある方はこちらもあわせてご覧ください。

「直虎、ふたりいた!? 『知的財産:この財産価値不明な代物』第9回」

http://www.newsyataimura.com/?p=6345#more-6345

 

原因は二人の「直虎」がいたこと

「おんな城主 直虎」の放送を受けて、地元の浜松市と浜松商工会議所が「直虎」にちなんだ商品の開発を企画していたところ、浜松市と長野県須坂市の業者がそれぞれ「直虎」商標を登録していたことがわかりました(対象となる商品は別々です)。そこで、浜松市らはそれらの商標登録に異議を申し立てました。

このうち須坂市との関係は少々複雑です。須坂市にも「直虎」公がいたのです。信濃須坂藩の第13代藩主、堀直虎公は地元で「将軍徳川慶喜を叱った男」として有名で、今年に没後150年を記念する祭が開かれるそうです。須坂市の業者は堀直虎の没後150年祭にあわせて「直虎」商標を出願して登録を受けたということで、大河ドラマに便乗する意図があるわけではなさそうです。さて、特許庁の判断はどうなるでしょうか。

 

商標「直虎」の登録は間違いか否か

特許庁では、歴史上の人物の名前について商標出願された場合、所定の要件に該当するものをいわゆる「公序良俗違反」(商標法4条1項7号:社会公共の利益に反し、または社会の一般的道徳観念に反するような商標は登録を認めない)として出願を拒絶しています。
商標審査便覧:42.107.04

「歴史上の人物名(周知・著名な故人の人物名)からなる商標登録出願の取扱いについて」

http://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/syouhyoubin/42_107_04.pdf

 

この便覧に歴史上の人物の名前の商標登録を認めるか否かの判断基準がいくつか挙げられています。これらによって「商標登録によってその名前を特定の人が独占してしまうことに問題があるか否か」を判断しています。周知著名な歴史上の人物名はその郷土やゆかりの地で偉人として親しまれ、彼らにとって「共有財産」のように認識されており、地方公共団体や商工会議所等の公益的な機関によって、その人物に関連する祭り、イベント、博物館や展示館などが実施・運営されていることもあるので、特定人の独占には適さない、という考えです。歴史上の人物が特定できるものであれば、フルネーム、略称、異名、芸名等も含むとのことです。

これらの要件の中で最も重要なのが歴史上の人物の「周知・著名性」です。有名でなければ、その名前を商標に使用しても具体的な人物を思い浮かべることはありません。ならば、その商標を使用しても、有名な歴史上の人物の顧客吸引力に便乗するということもなく、問題となることはありません。

したがって、ポイントは須坂の「直虎」商標が登録されたとき、一般の人々が「直虎」の文字を見て、井伊直虎を想起すると言える程有名だったか否かです。この点、浜松側は異議申立の中で「直虎の文字は、戦国時代を強く生き抜いた歴史上の女性として一般に広く知られている井伊直虎を表すものだ」と主張しています。実際のところはどうなのでしょうか。

個人的な感覚では、私は浜松や須坂にゆかりがないので、この二人の殿様のことは今回はじめて聞きました。地元の方はさておき、他の地域の方はおおむね私と同じような認識ではないかと思います。

須坂側の商標「直虎」は2015年12月に商標出願され、2016年4月に登録されました。大河ドラマ「おんな城主 直虎」は今年の1月から放送開始されていますが、その制作発表は2年前の2015年8月に行われています。浜松側の言い分では、大河ドラマとして放送が決定したことで「直虎」が一般的に知られる存在となった」として、須坂側の「直虎」商標が放送決定後=製作発表された後に出願されているから、判断時には既に「直虎」が「井伊直虎」として人々に認識されていると主張しています。しかし、よく考えてみれば、須坂側の「直虎」商標が出願・登録された頃はまだ昨年の大河ドラマ「真田丸」でさえ物語の序盤という時期です。その時点で既に「直虎」が「井伊直虎」を表すものとして広く認識されていた、という主張は少々厳しいのではないかと思います。

ということで、私の意見としては、浜松側の異議申立が認められるのは難しいだろうと見ています。記事を読む限り、須坂側の商標権者の方は「『直虎』を独占する気は毛頭なく、話し合いを通じて浜松と商標を共有しても構わない」と話しているので、浜松側は争うよりも使用許諾の交渉を進めたほうが解決の早道ではないかと思います。

 

浜松市らはどうすべきだったのか

では、「直虎」商標はいったい誰が出願・登録すべきだったのか、この点を考えてみました。そもそも大河ドラマはNHKが制作・放送しているので、NHKが商標登録をすればよかったのではないかという意見はあるでしょう。特許庁データベースJ-PlatPatを確認してみると、NHKの関連会社、株式会社NHKエンタープライズ名義で下記2件の商標が2015年8月24日(ドラマの制作発表の前日)に出願され、無事登録となっています。
登録第5848324号「おんな城主直虎」(標準文字)

登録第5848325号「おんな城主 直虎」
やはりNHK側はドラマのタイトルについて商標を確保していました。自身にとって最低限必要なものを登録したということでしょう。ならば、「直虎」単独の商標は、実際にそれを使いたい人や誰かに登録されてしまうと困る人が出願をすべきだと思います。ドラマの制作発表前に浜松市には話が通っていたでしょうから、その段階で商標出願しておけば、「直虎」商標を自身で登録することができたはずで、今になって困ることもなかったでしょう。

今後、大河ドラマや朝の連続テレビ小説(朝ドラ)などの舞台となる地域では、事前に関連する商標を登録しておくことが必須となるでしょう。また、その商標は自治体や商工会議所のような公益性のある組織の名義として、公平に管理されるのが理想です。期待される経済効果の大きさに比べれば、商標の権利化にかかる必要経費はわずかですから、こちらについてもしっかり準備をしておいていただきたいものです。
最後に、皆さんご存じ?のベストライセンス株式会社が2016年10月17日付で「直虎」商標を出願しています。こちらは7区分と広めの商品・役務を指定しているので、中には最先の出願となる商品・サービスがあるかもしれません。関係者の方はこちらの経過にもご注意いただければと思います。

 
<ブランドの保護は、商標専門弁理士へ!>
プライムワークス国際特許事務所 弁理士 長谷川綱樹

 

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この記事を書いた人

長谷川 綱樹

長谷川 綱樹

30歳になるまで、知財とは全くの別分野におりましたが、一念発起して弁理士となり、商標専門で現在に至ります。 そのせいか、法律よりも「人の気持ち」のほうに興味があります(いいのか悪いのかわかりませんが)。 商標は事業活動と密接に関係していて、関わる人々の「気持ち」が大きく影響します。「気持ち」に寄り添い、しっかりサポートできる存在でありたいと思っています。 出願案件では「取得する権利の最大化」を目指して、商標のバリエーションや将来の事業展開の予定など、丁寧にお話を伺います。 係争案件では「いかに円満に解決するか」を重視して、目先の勝ち負けだけでなく、将来的な問題解決を意識して対応して参ります。