明細書の記載は例示に過ぎない?

平成19年(ワ)第32525号 特許権侵害差止請求事件 平成20年7月24日 東京地方裁判所)
平成20年(ネ)第10065号 特許権侵害差止請求控訴事件 平成21年2月18日 知的財産高等裁判所)

[カンケツハンケツ®]
技術的範囲属否の判断において明細書より辞書・技術常識が優先された。
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[判旨]
(原審)
本件発明においては,音声(可聴音)として一定の意味内容を認識できる伝言情報である「応答メッセージ」に基づいて,「新電話番号を案内している電話番号,新電話番号を案内していない電話番号,一時取り外し案内しているが新電話番号を案内していない電話番号」の「3種類の番号に仕分け」していること(構成要件C)が理解される。
被告装置は,発呼を行ったときデジタル信号からなる切断メッセージが返された場合に,「切断メッセージ中の理由番号」に応じて「無効」,「移転」,「都合停止」等に電話番号を分類しているが,被告装置の「切断メッセージ中の理由番号」は,デジタル信号で表された番号(数字)の情報であって,音声(可聴音)として一定の意味内容を認識できる伝言情報に該当しないから,構成要件Cの「接続信号中の応答メッセージ」に当たらない。
(控訴審)
証拠(甲9(IEEE電気・電子用語辞典))によれば,「信号」とは「装置と装置の間で制御,監視のために送受信する情報」を指すとされ,一方「信号音」とは「電気通信網上で伝達される可聴信号」を指すとされているから,「接続信号」は,可聴信号のみならず極性反転信号を含む上位概念と理解すべきである。確かに,本件明細書の発明の詳細な説明中では,「接続信号」について「信号音」であるとの記載があるが,他方,その種類に極性反転信号を含む旨の記載がされていることに照らすならば,「信号音」は「接続信号」の例示としての説明と理解すべきである。
以上のとおり,「接続信号」は可聴信号に限られず,電話を発信したときに発信側に返戻される情報を指すものと解するのが相当である。
 本件特許の特許請求の範囲(構成要件C)によれば,「応答メッセージ」は「接続信号」に含まれること,また,応答メッセージに基づいて,無効となった電話番号の中で3種類の番号に仕分けすることが記載されている。
証拠(甲9)によれば,「メッセージ」とは「任意の量の情報」ないし「言語その他の記号によって伝達される情報内容」(広辞苑第6版2766頁)を指す。ところで,本件発明の詳細な説明には,実施例として,「応答音」を用いて3種類の番号に仕分けする手段が示されている。しかし,前記2で判断したとおり,構成要件Bにおける「接続信号」は,可聴信号に限られるものではなく,可聴信号及び非可聴信号の両者を含む上位概念と理解すべきであることに照らすならば,構成要件Cにおける「応答メッセージ」も,可聴なものに限られると解すべき根拠はなく,応答を受けた可聴情報及び非可聴情報の両者を含む上位概念と理解するのが相当である。したがって,「応答メッセージ」とは電話を発したときに応答される言語その他の記号によって伝達される情報を指すものと解するのが相当である(「信号」と「メッセージ」はいずれも情報を指すものであり,「応答メッセージ」を「接続信号」と異なる性質を有するものとして,可聴のものに限定する根拠はない。)。
被告装置は,別紙物件目録記載のとおり,切断メッセージ中の理由番号に応じて,当該電話番号を「有効」,「無効」等に分類するものであるから,被告装置の「理由番号」を含む切断メッセージは,「応答メッセージ」に該当することは明らかである。
この点に対して,被告は,被告装置はISDNの切断メッセージに基づいて電話番号の分類を行うものであり,着呼音,極性反転信号又は話中音の有無と音声メッセージの存否をもって無効電話番号と判定する技術思想を用いるものではないから構成要件Cを充足しないと主張する。
しかし,被告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,①本件特許の特許請求の範囲(構成要件C)には,「接続信号中の応答メッセージ」と記載され,可聴音に限定する記載はないこと,②したがって,本件発明は,その技術思想として「応答メッセージ」によって無効電話番号を判別する技術が開示されていると解されること,③証拠(甲16,17)によれば,本件特許出願時において,既にISDN技術が存すること,ISDNの網から応答される情報を取得し,同情報に基づいて電話番号の有効性を判別することが知られていたことからすれば,本件明細書に接した当業者としては,本件発明においては,ISDN技術を除外して,上記の技術思想が開示されていると認識することはないというべきである。したがって,仮に本件明細書における実施例が音声メッセージによって無効電話番号を判別する技術に関するものであっても,それはあくまで実施例として示されたにすぎないと解すべきであるから,本件発明の技術的範囲が音声メッセージに限定されるものではない。したがって,被告の上記主張は理由がない。

[解説]
原告は特許第3998284号の特許権者である。原告は被告が製造し使用している被告装置がこの特許権を侵害すると主張して被告装置の製造及び使用の差し止めを求めた。本件特許の明細書に記載された実施の形態はアナログ電話の技術を前提にしている。しかしながら被告装置はデジタル電話の技術(ISDN技術)を使用したものである。原告は、請求項の文言上は発明がアナログ電話に限定されるべき理由はないから被告装置は本件特許の技術的範囲に属すると主張した。対して被告は、請求項の文言には多義に解釈されうる用語があり、その用語は明細書の記載を参酌して理解されるべきである。そしてアナログ電話の技術を前提とする実施の形態に立ち返ると、被告製品は技術的範囲から外れると主張した。
第1審は基本的に被告の主張を支持し、請求項の文言を明細書(内的証拠)の記載を元に解釈し非侵害とした。しかしながら第2審では、主に辞書(外的証拠)による用語の定義を優先して請求項の文言を解釈し、明細書の記載は単なる例示に過ぎないと判断した。ここでは、本件特許の出願時にはデジタル電話の技術(ISDN技術)が広く知られていたということが判断に大きく影響を与えたものと思われる。つまり第2審では、特許権者が本件特許の請求項を作成した際、当然デジタル電話の技術も念頭に置いており、その上で実施例としてはアナログ電話の技術を採用したと判断されたのではないかと思われる。
第1審の判断は権利化後の技術的範囲属非の判断のこれまでの流れをくむ形となっているが、第2審ではそれが覆されている点が興味深い。両審ともそれぞれ一理ある判決である。少なくともこれまでの流れとは異なる今回の第2審判決が出たことで、クレイム解釈の予測性が低くなったと言える。つまり、より「やってみなければわからない」のである。

弁理士 西守 有人
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