近年、様々なビジネスや製造現場においてAI(人工知能)や機械学習の技術を取り入れたシステム開発が活発に行われています。それに伴い、「自社が開発したAIシステムを特許出願したい」というご相談を受ける機会が増えてきました。
しかし、AI関連の発明は、機械や装置などの物理的な特許とは異なり、単にAIを活用するというアイデアを提示するだけでは、特許法上の発明として認められないことがあります。たとえば、機械学習モデルに関する情報(入力データやモデルのパラメータなど)を単に提示するだけでは発明として認められないケースがあります。
この記事では、日本の特許庁(JPO)が公表している審査基準やハンドブックの事例をベースに、特許法上の発明として認められる境界線がどこにあるのかを解説します。
1. 発明該当性の判断基準:ハードウェア資源との結びつきの重要性
特許制度において、AI関連の発明は主に「ソフトウェア関連発明」として審査されます。ここで重要となるのが、「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるかどうか、つまり「発明の該当性」です。
AI関連技術において、「計測されたデータそのもの」や「学習済みモデルのパラメータセット」といった情報の提示にとどまる段階では、コンピュータの処理を規定していない「情報の単なる提示」にすぎず、特許法上の「発明」に該当しないと判断される可能性があります。
特許を取得するためには、「AIに何をインプットし、どのような処理を行い、それによってどのような技術的効果が得られるのか」が、ハードウェア資源(コンピュータの構成要素)と具体的に結びついていることが必要とされます。
2. 事例で見る発明該当性の否定例と肯定例
特許庁の「特許・実用新案審査ハンドブック」に掲載されている事例等を参考に、どのような違いによって発明該当性の判断が分かれるのか解説します。
事例①:リンゴの糖度データの予測方法
- ❌ 否定例: 計測されたデータそのもの
- 内容: 糖度センサにより計測されたリンゴの糖度データ
- 否定の理由: データの提示手段や提示方法について何ら特定されておらず、単に「計測されたリンゴの糖度データ」という情報の内容のみに特徴があるとみなされます。特許法上、このような提示される情報の内容にのみ特徴を有し、情報の提示を主たる目的とする「情報の単なる提示」は、自然法則を利用した技術的思想の創作とは認められず、「発明」には該当しません。
- ⭕ 肯定例: 機械学習を利用した分析を行い、リンゴの糖度データを予測する方法
- 内容: 収穫前の所定期間分のリンゴの糖度データ及び気象条件データと出荷時のリンゴの糖度データとの関係を、過去のこれらの実績に基づいて機械学習を利用して分析し、さらに、分析した関係に基づいて、計測されたリンゴの糖度データと気象条件データを入力として、将来の出荷時のリンゴの糖度データを機械学習により予測する。
- 肯定の理由:単なるデータの提示にとどまらず、リンゴに関わる化学的性質や生物学的性質等の「技術的性質に基づく情報処理」を具体的に行う方法となります。このように、情報処理が具体的に構築されているものは、全体として自然法則を利用した技術的思想の創作であると認められるため、「発明」に該当します。
事例②: 宿泊施設の評判を分析するための学習済みモデル
- ❌ 否定例: 単なる学習モデルのパラメータセット
- 内容: 宿泊施設の評判を定量化して出力する学習済みモデルを、第1のニューラルネットワークと第2のニューラルネットワークの学習済み重み付け係数とからなるパラメータセットとして構成されたもの。
- 否定の理由: ニューラルネットワークの構造が抽象的に示されているだけで、パラメータセットがコンピュータの処理を具体的に規定しているとも言えないため、プログラムやそれに準ずるものと認められません。結果として、「重み付け係数」という情報の内容にのみ特徴がある単なる情報の提示とみなされ、自然法則を利用した技術的思想の創作とは認められず、「発明」には該当しないと判断されます。
- ⭕ 肯定例:入力データや処理に独自の工夫があるモデル
- 内容: 宿泊施設の評判に関するテキストデータから得られる単語の出現頻度に対して学習済みの重み付け係数に基づく演算を行い、宿泊施設の評判を定量化した値を出力するコンピュータを機能させるための学習済みモデル
- 肯定の理由: 発明の対象が「モデル」であっても、実質的に「プログラム」であると認定されることがあります。宿泊施設の評判を的確に分析するという目的に応じた特有の情報の演算・加工が、ソフトウェアとハードウェア資源(コンピュータ)が協働した具体的手段・手順によって実現されていると判断できるため、自然法則を利用した技術的思想の創作として「発明」に該当します。
3. AI特許を取得するために推奨されるアクション
AI関連の発明で特許を取得するためには、開発の初期段階から以下の3つのポイントを意識して準備を進めることが推奨されます。
- 「データ」の工夫を言語化する
- 単に「データ(AとB)をAIに入力する」ではなく、「なぜそのデータ(AとB)を組み合わせる必要があるのか」や「そのデータ間にどのような因果関係や相関関係があるのか」を明確に出願書類に記載できるように整理することをおすすめします。
- AIの「処理プロセス」を具体化する
- ブラックボックスになりがちなAIの処理ですが、特許出願においては、どのような特徴量を抽出し、どういった数理モデル(またはネットワーク構成)を用いて処理を行うのか、フローチャート化できるレベルまで具体化することが重要です。
- 得られる「技術的効果」を客観的に説明できるようにする
- AIを導入した結果、従来技術と比べて「処理速度が○%向上した」「誤認識率が大幅に低下した」など、具体的かつ客観的な効果を示す準備をしておきます。
AI関連特許の審査基準は、技術の進歩とともに各国特許庁の運用も柔軟に変化しています。「自社の技術は特許にできるだろうか」と迷われた段階で、一度専門の弁理士へご相談することをおすすめします。
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